壬申の乱とは、起こった時代と原因、勝者について

参考画像 壬申の乱の参考画像
年代 天武天皇元年(672年)6月24日 〜 7月23日
壬申の乱の解説 白村江の戦いの後、中大兄皇子は668年。天智天皇として即位します。
しかし、その僅か3年後に病死してしまいます。
大化改新の中心人物であった天智天皇が亡くなったあと、
天皇の弟の大海人皇子と天智天皇の子の大友皇子との間で皇位継承問題がおこります。
その時に起こった関ケ原での戦争が「壬申の乱」です。

当時の皇位継承については親子より兄弟が優先されていたのですが、
天智天皇は個人的な愛情により大友皇子への皇位継承の意を表しました。
その際、天智天皇は大海人皇子の出方によっては大海人皇子を殺害しようとし、
そのため、大海人皇子は身の危険を察知して出家し、吉野へ逃れて、
挙兵の準備をしたとされています。

最終的には戦いに負けた大友皇子はわずか数人の部下と共に自殺することになります。

勝った大海人皇子は都を大津から「飛鳥浄御原宮」に移し、
「天武天皇」として即位します。
これが673年です。
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