白村江の戦いとは、地図と読み方

参考地図画像 白村江の戦いの参考地図画像
読み方 「はくすきのえのたたかい」
語呂合わせ 「む、無惨(663年)」な白村江の戦い
白村江の戦いの解説 大化の改新が行われた後、663年に朝鮮半島の白村江で行われた、
倭国・百済遺民の連合軍と、唐・新羅連合軍との戦争を言います。

中国の唐が新羅と手を組み、百済を攻め滅ぼしたのが660年。
このままでは、唐の圧力は日本にまで及びかねないと中大兄皇子は判断し、
百済復興へ手助けすると決意し、662年、大軍を百済に送り込みます。

そして663年に決戦となったのです。

つまり白村江の戦いは「日本・百済」と「唐・新羅」の戦争です。
百済は「くだら」、新羅は「しらぎ」と読みます。
この戦争は663年の「8月27日から28日」までと言われています。

結果は、日本・百済連合軍の敗北に終わり、余豊璋は高句麗に逃れ、
行方不明になりました。
これによって、ついに百済は歴史から姿を消すこととなります。
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